ヘーゲルの認識論ということでやはりまずは感覚の話になるようだ。「今なぜ仏教なのか」でもやはり感覚の話から始まっていた。感覚的な認識には思考が含まれているというような考え方も仏教と似ている。この後は仏教とはだいぶ変わってくる。
感覚をする対象というかたちをとって思考の運動をしている。そして現象の中から法則のようなものを見つけ出す。この思考を知性と呼ぶ。という事で良いのかな?
毎日何を読んだか記録しておきたいと思っていたのでやってみることにしました。 メモなので書かれていることはとりとめのないものになります。 ネタバレあります。
ヘーゲルの認識論ということでやはりまずは感覚の話になるようだ。「今なぜ仏教なのか」でもやはり感覚の話から始まっていた。感覚的な認識には思考が含まれているというような考え方も仏教と似ている。この後は仏教とはだいぶ変わってくる。
感覚をする対象というかたちをとって思考の運動をしている。そして現象の中から法則のようなものを見つけ出す。この思考を知性と呼ぶ。という事で良いのかな?
読書のメモ
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